2012年9月22日土曜日

憧れの 「アラスカ鉄道」

アラスカシリーズ第三回は、針葉樹林を抜けツンドラ地帯に至る
大自然の中を走る「アラスカ鉄道」をご紹介します。

アンカレッジ → デナリ (7時間半の旅)


豪華なガラス張りの展望車

さあ!この展望車に乗って出発~


アンカレッジを出発した列車は、やがて針葉樹の森に入って行きます。その森は数々の湖沼を抱き、時にはビーバーの巣を発見することができます。
お天気が良ければマッキンリーやその他の山々が見えるのですが、この日は雨のため見れず残念!
針葉樹がまばらになると大地が赤一面に染まっている、そこはベリーの紅葉が今まさにピークを迎えていたのです。



アラスカ鉄道は貨物輸送が中心となっていて、人々の生活とは切り離せないものになっています。
また夏場の「デナリ・スタートレイン」は世界中から集まってくる観光客の憧れの的なのです。

運行されるのは登り・下りそれぞれ一日一本だけ、そしてすれ違う時にはお互い手を振るのが恒例なのですよ。



階下の食堂車での昼食、時には好みの飲み物を片手に動物ウォッチング!(カリブー・ムース・ドールシープ・ビーバー等)・・・
何て至福のひと時なのでしょう ♪
7時間半に及ぶ列車の旅は、決して飽きることなく私達を魅了させてくれました ♪

ちなみに、寒風吹き付けるデッキでせせこましく写真を撮る日本人・・その中の一人は?  yuuでした (^_^;)

2012年9月8日土曜日

アラスカ 「氷河」

アラスカは「氷河」の大宝庫!
なかでも巨大な氷河が直接海に流れ込む海岸氷河・・・
Tidal Glacier の迫力の凄さは、まさに大自然の驚異なのです。
アラスカ 第二回目は、 
この氷河を楽しむクルーズ船をご紹介しましょう。


エクスプローラー氷河

クルーズ船より
 
プリンス・ウィリアム湾 3つの氷河


プリンス・ウィリアム湾 サプライズ氷河


氷河クルーズ船はウィッティアの港からプリンス・ウィリアム湾へと向かいます。
そこにはサプライズ氷河が流れ込むハリマン・フィヨルド、
3つの氷河が流れ込むバリー入江などダイナミックな景観が造り出されています。

いよいよサプライズ氷河に船が近づくとエンジン音が消され、一瞬静寂が訪れます。すると
目の前には数千万年前の彼方から押し寄せる、巨大な氷壁が迫ってきます。
声を出すのも忘れ見入っていると突然、大音響!とともに氷壁が海に崩れ落ちるのです。
目に映る崩落はとても小さなものでも、その余波で船が揺れることで初めて自然の力の大きさを実感します。
それと同時に人は何と小さい存在なのか・・と気づかされます。

流れ出た氷塊の上には多くのアザラシが日向ぼっこを、
そして穏やかな海面にはラッコが手を振って・・なんてウソと思うでしょう。でも本当なのですよ♪ 
お腹を上にして手を振っているように・・でした♪

もう一つの楽しみは氷片をすくい上げ、カクテルを作ってくれます。 その氷は数千万年前の空気を閉じ込め、まるでダイアモンドの原石のようにキラキラと輝いてました。



ラッコが手を振って・・


アザラシがお昼寝









氷河で作るカクテル

アラスカをはじめ極点に近い国々には、沢山の氷河が広がっています。
しかし近年の温暖化や環境汚染によって、それは急速に減退してきています。
流れ出す氷塊を見ていると、感動とは裏腹な想いに駆られてしまいました。
この美しく雄大な自然はいつまで続くのだろうと・・・
                                     yuu

2012年9月4日火曜日

アラスカ 「ビーバー村」

新田次郎作、「アラスカ物語」をご存じでしょうか?
その舞台となった 「ビーバー村」 のことをお話ししましょう。

北極圏にあるビーバー村

 ユーコン川沿いのネイティブの村(人口60人余)

今から100年余り前のお話(明治時代)!

石巻出身の 安田恭輔 は両親(代々医者の家系)が早く亡くなり、小さい頃から働きに出ることとなります。

色々な事情で外国船に乗りアメリカに渡ります。そこでは働きながら英語や色んなことを学びますが、人種差別のアメリカ社会にあって自分の生きる道を模索していました。

そんな中、北極海に面したネイティブの村 バローへ支援物資を運ぶ船に乗ります。

ところがその船が沿岸で、氷に阻まれて動けなくなりました。このままでは食糧も尽き、零下40~50度の中全員が餓死するのではないかという危機が訪れます。

そこで身分が下、でもとても優秀なフランク安田が選ばれて、バローの町まで救援を求めに行くことになりました。

北極海に面した厳しい気候の大地の中を、数週間かけて歩き町まで到達したのです。

それを機にフランク安田はこの村に住むことになったのです。

元来日本人とエスキモーは良く似ていて、この社会に溶け込むのに苦労はしませんでした。

頭の良さと頑強な体、身体能力バツグンの安田は、クジラ漁・カリブー(トナカイ)狩りにたけ、指導的立場になります。エスキモーの長の娘、ネビロと結婚し家庭をもちます。

ところがクジラが捕れなくなり(アメリカの乱獲で)、村の存続さえ危ぶまれてきました。

そこでフランク安田は、新天地を探しにネビロと二人の猟師・アメリカ人の金鉱師と旅にでるのです。

アラスカ最北端のブルックス山脈を、狩猟をしながら超えていくのです。春から冬、そして春へと何年もかけて探し求め、ついにユーコン川のほとりの地を探し当てるのです。

その際、金鉱を掘り当て村造りの資金をも確保しました。

その村が 「ビーバー村」 と名付けられ、フランク安田は90歳まで生きたのです。

ビーバー村の家

フランク安田のお墓

フランク安田とネビロ

作家 新田次郎が長い間調査し温めた資料を基に書き上げられたのが「アラスカ物語」です。

「アラスカのモーゼ」と称賛された日本人・・・フランク安田さん!

100年も前にこのような人が実在したということに深く感銘を受け、

この墓前にお祈りをささげてきました。
                                         yuu