<アパルトヘイト>
氏は南アフリカにおけるアパルトヘイト(人種隔離政策)に
生涯をかけて反対運動を起こし 27年間の牢獄生活の後に
1995年 南アフリカ共和国 第8代大統領になった
アパルトヘイト・・南アフリカにおいて 肌の色(白人、それ以外
のカラード、黒人等)によって差別される政策
それは職業、教育、居住区、結婚にまで及んでいた
弁護士であるマンデラ氏が その資格をとるのにも大変で
しかも居住地まで制限され 移動には許可証がないと逮捕!
結婚は白人やその他のカラードとも許されず 教育を受けるの
も白人とは隔離されていた
それに対して ネルソン氏が反対運動をしたのは当然である
その結果 植民地時代から340年にわたる白人支配は
終止符打ったのである
その偉業の足跡をほんの一部ですが
ご紹介できることは光栄なことです
先ず 政治犯として18年間投獄されていたロベン島です
手前は石灰石・・ひたすら砕く無意味な作業は 18年間続く!
因みにロベン島の場所は
南アフリカ最南端の喜望峰・・「CAPU OF GOOD HOPE」
(バスコ・ダ・ガマがこの岬を周ってインドに到達した)
から約12㎞にあり ケ―プタウンの港から船で30分
この牢獄は囚人達の手で建設されたそうです
まさに この部屋で過ごしていた!
粗末なベッドとバケツ(トイレ) バケツは自分で処理する
後に「自由への長い道」(上下)として出版されました
興味のある方は是非ご覧になってください
ひたすら石灰石を砕いている写真!
真冬でも半ズボン姿・・ネルソンはその屈辱的な
半ズボンがいやで長ズボンを要求した
白人の友人の助言で長ズボンが提供されたが
全員に支給されなかったので 自分も長ズボンを拒否した
というエピソードは ネルソンの人間味を表すものでしょう
ロベン島の様子をこの目で見て思ったことは
18年間という年月は私達の想像を遥かに超えています
マンデラ氏の強健な体力と気力はどこからくるのか?
それは自己を犠牲にし 「自由」を勝ち取ろうとする
強い意志があったからではないでしょうか!
大統領就任のセレモニーには 国連事務総長・45ヶ国の
国家首相など世界中から代表が列席しました
そのスピーチの一部をご紹介します
「あまりにも長く続いた 並外れた人間的悲惨の経験のなかか
ら 全ての人間が誇りに思えるような社会が誕生しなければ
ならない・・傷を癒すべき時代がやってきた。私達を分断してき
た深い溝に橋を架けるべき瞬間がやってきた。建設の時代は
私達の肩にかかっている。」
ヨハネスブルグにある生家
生家を見学にきた 地元の生徒たちの笑顔!
かわいいね~♪ ホッとしますね~♪
アパルトヘイトが撤廃されても 未だに貧しい人は多い
それは 居住区の移動制限がなくなったので
地方から職を求めて 都会に人々が移動しはじめたのである
しかし職がないために ヨハネスブルグには4万人もの
貧困層の人がいるといわれている
この地区には政府の補助によって生活しているが
まだまだ トタンで囲っただけの家に暮らす人も
2万人いるといわれている
そこでは犯罪が多く エイズも蔓延して社会問題になっている
マンデラ氏の努力だけではなく
資源を求めて世界各国が 先を争ってこの国に来ているが
人道的な援助も まだまだ必要ではないかと思いました
南アフリカの旅 最後までご覧いただき
ありがとうごさいました yuuk^_^

