その舞台となった 「ビーバー村」 のことをお話ししましょう。
北極圏にあるビーバー村
ユーコン川沿いのネイティブの村(人口60人余)
今から100年余り前のお話(明治時代)!
石巻出身の 安田恭輔 は両親(代々医者の家系)が早く亡くなり、小さい頃から働きに出ることとなります。
色々な事情で外国船に乗りアメリカに渡ります。そこでは働きながら英語や色んなことを学びますが、人種差別のアメリカ社会にあって自分の生きる道を模索していました。
そんな中、北極海に面したネイティブの村 バローへ支援物資を運ぶ船に乗ります。
ところがその船が沿岸で、氷に阻まれて動けなくなりました。このままでは食糧も尽き、零下40~50度の中全員が餓死するのではないかという危機が訪れます。
そこで身分が下、でもとても優秀なフランク安田が選ばれて、バローの町まで救援を求めに行くことになりました。
北極海に面した厳しい気候の大地の中を、数週間かけて歩き町まで到達したのです。
それを機にフランク安田はこの村に住むことになったのです。
元来日本人とエスキモーは良く似ていて、この社会に溶け込むのに苦労はしませんでした。
頭の良さと頑強な体、身体能力バツグンの安田は、クジラ漁・カリブー(トナカイ)狩りにたけ、指導的立場になります。エスキモーの長の娘、ネビロと結婚し家庭をもちます。
ところがクジラが捕れなくなり(アメリカの乱獲で)、村の存続さえ危ぶまれてきました。
そこでフランク安田は、新天地を探しにネビロと二人の猟師・アメリカ人の金鉱師と旅にでるのです。
アラスカ最北端のブルックス山脈を、狩猟をしながら超えていくのです。春から冬、そして春へと何年もかけて探し求め、ついにユーコン川のほとりの地を探し当てるのです。
その際、金鉱を掘り当て村造りの資金をも確保しました。
その村が 「ビーバー村」 と名付けられ、フランク安田は90歳まで生きたのです。
ビーバー村の家
フランク安田のお墓
フランク安田とネビロ
作家 新田次郎が長い間調査し温めた資料を基に書き上げられたのが「アラスカ物語」です。
「アラスカのモーゼ」と称賛された日本人・・・フランク安田さん!
100年も前にこのような人が実在したということに深く感銘を受け、
この墓前にお祈りをささげてきました。
yuu
すごいねえ!ビーバー村へ行ったのですか?アラスカ物語は読んだことはありません。「アラスカ物語」の本が出ているのは知っていましたが。読んでみたくなりました。
返信削除mukai様、とても面白く吸い込まれますよ!
削除ぜひ読んでみて下さい。
そして行ってみて下さい、ただし夏にね(^_-)-☆
良かったね yuuさん
返信削除広々としたアラスカの大地へ
空気が綺麗な写真と
分かりやすいお話ををアリガトウ
私も 今なら沢山写真を撮ることが出来たのにね
miyoさん、以前に行かれたそうですが、
削除今度お話を聞かせて下さいね。
クルーズ船でのお話を・・(^_^)/~