2014年6月8日日曜日

映画 「マンデラ自由への長い道」


アフリカ大陸の夜明け



マンデラさんの映画を見にいきました♪

感動!感動!で言葉もありません


いかに日本が平和で恵まれているかを知る上でも

貴重な映画の一つに間違いないです


ロベン島



28年間も牢獄に幽閉されていた マンデラさんの人生はいったい何だったのでしょうか

それは成るべくしてなった人生・・


いわゆる差別から人々を解放するため 世の人のための人生だっただと確信しています




ボクシングのチャンピオンベルト


なぜこんなにも引き付けられたのかと考えると 
思春期に受けた教育のお陰ではないかと 最近思うようになりました

人間が育つ上で 教育ほど大切なものはないのです


アフリカの国民は今までそれをされてこなかったことから 

悲劇が始まっているのです


後に活動家になった美人の奥さん


マンデラさんの育った環境はというと 南アフリカの東部のある部族の村で育ちました

誇り高い部族の中で 首長と呼ばれる部族の長の相談役という重要な役柄であった父親は 息子に教育を受けさせることが一番大切なことだと 信じて疑わなかったのです


そこで貧しい中 息子が教育を受けられるような環境に預けて欲しいと 首長にお願いをしたのです

それで首長の息子とマンデラさんは 遠く離れた学校の寄宿舎に預けられることになりました 


その前に部族の慣習である大人になるための儀式を 二人は受けることになったのです

それは厳しい環境・・飲まず食わず 衣服もまとわず みんな一緒のテントの中で一週間暮らす 
その肌には白い粉を塗りつけられ 男となる儀式もある)

その厳しい生活が終わり解放されると 一斉に水の中に飛び込み白い粉を落とす・・そして大人として認められる


映画の中でも忠実に 幻想的に再現されていました


バオバブの木

このようにしてマンデラさんは しきたりの中から大地で生きる厳しさや人間としての尊厳を学び
また都会で教育を受けるという 部族の中でも特殊な環境を与えられるエリートとなったのです

ここまでは出世街道まっしぐらと思われるでしょうが ちょっと違ってくるのです


教育を受ければ受けるほど 白人と差別されるという現実を突き付けられてきます


優秀な成績を収めても決して認められることはなく 次第に社会に反発して大学にも行かなくなり 結局社会改革運動の仲間に入っていくのです

活動する中で事件が起きます 
1979年6月大規模な反アパルトヘイトの暴動の時
警官隊の銃撃で13歳の少年が 最初の犠牲者となったのです 
血にまみれた少年を抱える人の映像は衝撃的で 
世界中の人が アフリカの現状を知ることとなったのです

すべて書くと膨大な量になるので 後は以前のブログをご覧になってください

確かに言えることは 教育を受けたものが負わされた宿命!
その宿命を甘んじて受け止め 活動してきたのがマンデラさんだったのです

少年の慰霊碑(左端に少年を抱える写真が・・)



「世の光 地の塩」  

これは私が思春期(中高)にクリスチャンの学校で受けた教育です
因みに 私はキリスト教徒でなく 仏教徒(浄土真宗)なのですがね ^^;
その当時は校則の厳しさから 学校に反発すら感じたものでしたが 人生の折り返し地点に立った今 この言葉が脳裏に浮かぶようになってきました

「人の足元を照らす光のような人になりなさい 


       生きるために必要な塩のような人になりなさい」 


私はそのように生きてはこれませんでしたが 
マンデラさんは この言葉通りの生き方だったと思います


今アフリカに必要なものはお金ではなく 教育だということを言う人がいます
全くその通りだと実感しています


マンデラさんと家族



感動すること! そこから学んでいくこと! 

       そういうふうに生きていきたい yuuでした^_^





 







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